弘法こそ筆を選ぶ

 弘法大師こと空海は長安で筆の作り方も学んだ人で、非常に筆の良し悪しにもこだわっており故に「弘法は筆を選ばず」という諺は誤りであるというのはわりと知られた話だと思われますが、日本人というのはこういう「優れた人は~であるべきだ」的な発想をよくします。特に門外漢の素人ほど、妙な思い込みで勝手な前提を作りがちです。

 本当にその道のプロなら必ずよい道具を選ぶし、プロなら道具の良し悪しを見分けることができます。技量が優れていれば道具は関係などというのは素人の浅墓な思い込みです。

 鍼もまた同じで、極端な話木綿針でまともな治療はできませんし、そこまで極端な話はなく、治療用に作られた鍼であっても作りがいい加減な鍼ではやっぱりちゃんとした治療はできません。

 また、いくら作りがしっかりしていても日本式の鍼を中国鍼として使うわけにはいきません。もちろん使おうと思えば使えるんですが、日本式の鍼と中国鍼では先端の形状が微妙に違うので、日本の鍼を中国鍼の刺し方で刺すと思うように刺せなかったり、中国鍼を刺すより痛い場合があります。

 耳鍼はちゃんと勉強した人は王不留行子を使います(中国では黄荊子も使いますが、つぶが大きいために刺激が強すぎるので日本ではあまり使われません)。加えて、よその門派は知りませんが黄麗春先生の門派では医療用の鉗子を使います。鉗子は耳鍼用の正しい持ち方と操作の仕方があって、それができなければ少なくとも黄麗春の系統の耳鍼を学んだとはいえません。銀の粒を使ったダイエット法しか知らないのは素人です。

 このように、プロだったら正しい道具と正しい用い方を知っているもので、それを知らない者はその道を正しく学んだことがない素人だと断言できます。