「邪気」に心霊的な意味は無い

 中医学では病気の原因を「内因」「外因」「不内外因」に分けます。このうち内因は、喜、怒、憂、思、悲、恐、驚という感情「七情」が過度に変化したために内蔵に影響を及ぼすということ、外因は風、暑、湿、燥、寒、火の気候の変化「六淫」が過度であったために体に影響を及ぼすということ、不内外因は飲食の不摂生や性行為の不摂生といった、内因でも外因でもないものが体に影響を及ぼすということです。

 このうち、六淫は外邪や六淫邪気とも言います。日本人は「邪気」というと「悪霊」などのような心霊的なことを連想する人が多いようですが、そもそも「邪」という字にそうした心霊的な意味はありません。「淫」は度が過ぎていること、「邪」は咬み合わないことを意味します。故に六淫邪気といった場合は、六つの気候変化が度を過ぎて、人間の体とは咬み合わない気になるということを意味します。

 つまり現代日本語に訳せば「季節の変化が激しすぎて、人間の体に悪影響を及ぼす要因になる」となります。中医学で言う邪気にはそのような意味しかありません。

 ところが、日本人的な認識で勝手に邪気を心霊的なことと解釈して、それゆえに中医学は心霊的な考え方を含んだ迷信であるなどと批判するような人がいるのですが、上記の説明を読めばそれがいかに的外れで愚かな言いがかりであることがわかると思います。

 中医学では『黄帝内経』の時点で既に「拘於鬼神者不可與言至徳」「若夫法天則地 随応而動 和之者若響 随之者若影 道無鬼神」。つまり「鬼神に拘るような者に、中医の至徳を與えるべきではない」「天地陰陽の変化に応じて患者の気血を動かせば、それに応じて変化が起こり、まるで影が従ってくる。その道理に鬼神の力などというものはない」という考えを打ち出しています。

 つまり、『黄帝内経』が著されたおよそ2千年前から、中医学は心霊的なことは排除してきました。ゆえに、日本の一部の道教学者が、中医学を「道教医学」などと呼ぶのもまた的外れで、こういう人は道教の研究はしていても『黄帝内経』を読んだことすらないでしょう。