「糸で脉診」はありえない

 日本には「おえんさまの糸脈」という話があります。江戸時代の女医・野中婉が患者の手首に糸をまき、もう片方の糸の端を触って脉をみて診断していたというような内容です。

 実は、似たような話が道教研究家の窪徳忠著『道教の神々』(講談社刊)という本にあります。「保生大帝」という神様の人間時代であると言われる医師・呉真人の逸話です。その部分を以下に引用します。

 いつのことだかわからないが、皇后が乳房に腫物ができ、危篤になった。そこで、名医の名が高かった呉真人をよんで診断させることにした。皇帝はその能力を信じないで、まず皇后の室のつぎの室に呉真人を入れ、ある品物に糸をつないでおいて、皇后の腕につないだから、それで脈をみて診断をつけろといった。すると呉真人は、ちょっとさわっただけで、皇后ではなく品物だと答えた。皇帝も名医だと感じ、つぎに皇后の腕につけた糸にさわらせた。すると、呉真人は病気は乳房の腫物だと」診断し、すぐに薬を調合して差し上げた。皇后はその薬をのんで間もなく全快したので、皇帝はたいへん驚くと同時に感心して、かれに保生大帝という称号を賜った。

 とこういうことで、要するにこの話のパクリです。ちなみに大岡越前をモデルにしたいわゆる『大岡政談』も、中国の包拯の説話からのパクリです。今の時代は中国が日本のものをいろいろパクって騒がれていますが、パクリということでは日本のほうがはるかに先輩であるといえるでしょう。

 さて閑話休題、まず糸を通して脉を診たという時点で疑わしいんですが、仮にものすごい鋭敏な感覚をもっていて、糸を通じて脉の拍動を読めたとしてもやっぱり脉診としてはダメなんです。

 脉診というのは脉の速さや勢いだけではなく、脉の深浅や硬軟なども重要な要素になります。糸を通したらそれは分かりません。だから糸を通した脉診なんて意味がないし、それで正確な病状を読み取るなど不可能なんです。

 ゆえに、元ネタにしろパクリ話の「おえんさまの糸脈」にしろ脉診をまったくわかっていない素人が考えたものだと分かります。しかし道教の神様の伝説を丸パクリはひどい。