脳卒中後遺症(半身不随)

中医学での半身不随(片麻痺)の考え方

 西洋医学では脳卒中発作後に残る半身麻痺を「後遺症」と考え、病気としては治療しません。せいぜい経過観察をしながらリハビリをさせるだけです。

 一方、中医学では脳卒中発作は中風といい、風に中(あた)った症状だと考えます。この場合の「風」とは、実際の風ではなく、症状の発生、推移が急激で移動性があり、主に上に向かって動くものを概念的にとらえた言葉です。

 脳卒中の多くは突然起こるように見えますが、実は患者は発作を起こすまでにそれを起こす段階を踏んでいます。

 まず、水分代謝が悪くなり、体内に留まった余分な水分が病因へと変化します。脳卒中の原因となるのは多くは「痰」と呼ばれる物質です。中医学でいう「痰」とは体内に留まった水分が熱などによって凝縮し、ねばっこくなったものを説明したもので、カゼをひいたときに喉から出る痰は「痰」の一種ではありますが、全てではありません。

 脳卒中発作は、体内にできた「痰」が、「風邪(ふうじゃ)」と結びついて上昇し、脳血管や経絡に詰まって起こると考えられています。詰まった「痰」が詰まりっぱなしになって気血の流れを阻害している状態が半身不随です。

 「風邪」は実際の自然の風に当たりすぎたときにも発生しますが、脳卒中の場合多くは感情の高まり、特に過度の怒りや肝のバランスの崩れなどが原因となり発生します。

鍼による半身不随(片麻痺)治療と経過

 治療はこの「風」と「痰」を除き、塞がった経絡を疎通させて、気と血液の流れを回復させることが主眼となります。

 半身不随の治療は、当院では必ず中国鍼を用います。無資格者による悪用を避けるために具体的な処方(ツボの組み合わせ)は記載しませんが、頭部と麻痺側の手足20箇所ほどに刺鍼します。使う経穴(ツボ)自体は特殊なものは一切使いませんが、その組み合わせと刺鍼時の操作が大きなポイントとなります。

 治療のポイントは2つ、再発作防止と感覚神経・運動神経の麻痺の緩和です。

 麻痺側は自力で動かせないために血行が滞り、老廃物も停滞して、酸素や栄養分を必要なだけ運ぶことができません。そのため本来ならばかなり痛い状態にありますが、感覚神経が麻痺しているために痛みはありません。

 経過の第一段階として感覚神経の麻痺が緩和されてくると、まずその痛みを感じるようになります。正座をして足がしびれたとき、それが戻る過程でまずなんともいえない痛みを感じてからもとの感覚に戻りますが、それと同じことで、治療の第一関門としてこの痛みを乗り越えなければなりません。ただし、麻痺の程度が低く、ある程度の感覚が残っている患者さんは痛みの時期をあまり感じずに経過することがあります。

 また正座を例にとりますが、しびれたあと感覚が甦ってくるときに、皮膚が過敏になります。これと同じく、感覚神経が回復してくると、表皮が敏感になり、鍼の刺入に過度の痛みを感じることがありますが、これは我慢して乗り越えてもらうしかありません。痛くないように細い鍼ややわらかい刺し方をすれば治療効果が激減し、却って苦痛を長く味あわせることになってしまうので、治療側も覚悟して治療を変えない必要があります。

 運動神経は、ほとんどの場合感覚神経のある程度の回復のあとに回復しだします。また、腕よりも足のほうが先に回復します。これは、人間にとって重要なものから先に回復してきているのだと考えられます。

 運動神経が回復しはじめると、筋の拘縮も緩和しだします。いくら運動神経が回復しても、筋の緊張がとれなければ運動機能は回復しません。

リハビリとの併用が重要

 半身不随は鍼の治療だけでは思わしい回復は得られません。鍼よりも重要なのはリハビリです。鍼の治療は例えばインターネット回線の修復のようなもので、切れているラインを繋げたり、新設したりしてあげるのが役割です。しかし、いくら回線が繋がっていても、パソコンの使い方を知らなかったり、プロバイダ契約をしていなければインターネットに接続することはできません。それがリハビリです。

 リハビリは、手足の神経と連絡が回復した脳へ、体の使い方を再度教え直すという役割を持ちます。運動神経の麻痺によって一度「下手」になってしまった手足の動かし方は、動かさずに放置していては元に戻らないのです。

 ではリハビリだけ受けていればいいかというと、そうではありません。上記の例で言えば、鍼の治療を受けずにリハビリだけやるというのは、事故で高速回線が切れた中、わずかに残った電話線でナローバンドの低速接続をして我慢しているようなものです。快適なネット接続をするためには、やはり高速回線を繋ぎなおさなくてはいけません。

 もちろん、患者さんの状態によってはリハビリのみで機能が回復する例もありますが、多くの場合「麻痺した体をうまく使う」ということにとどまってしまいます。

 しかし、鍼による機能回復とリハビリを組み合わせれば、手足の運動を正常な状態に近づけていくことができます。

中国鍼でなければならない理由

 半身不随の治療は日本の鍼では無理です。もちろん日本の鍼をむやみに貶めるために言っているわけではなく、ちゃんと理由があります。

理由1 刺激が弱すぎる

 一般的に日本の鍼は細い鍼を使います。これは刺激がおだやかで、症状が軽く鍼に慣れていない患者さんにはいいのですが、半身不随のような難病には適応しません。分かりやすく言えば、ごみがつまった側溝ならばシャベルでかきだせるが、がけ崩れを復旧させるにはブルドーザーが必要だということです。

理由2 技術が稚拙

 日本の鍼は細い管に鍼を入れてからトントンと鍼の頭をたたいて先端を刺し、それから深く刺し入れます。一方中国鍼は手で直接刺し入れます。ここに技術の差が出ます。日本式は簡便で誰でも刺すことができますが、高度な治療に必要な手技をほとんど使えません。

理由3 経験値が低い

 日本では鍼による半身不随治療はほとんどなされません。それは医師が鍼治療を医療として認めていないとともに、鍼師の側も難しい治療を学ぼうとしないためです。一方中国では西洋医と中医は同格で、鍼師も病院で入院患者の治療をしています。積み上げられた経験の差は歴然です。中国鍼には半身不随治療の方法がいくつもありますが、日本の鍼にはありません。

 以上が半身不随の治療は中国鍼でなければならない理由です。ここで言う「中国鍼」とは、中国式の太い鍼そのもののことではなく、診断法、処方、刺す技術、そういったもの全てを含めたものです。ですから中医学を学んだこともない鍼師が、中国の鍼だけ使って治療したところで結果を出せるものではありません。

治療における問題点

 半身不随の治療というのは、治療側、患者さん双方に忍耐力が求められますが、脳卒中を起こす患者さんは生来せっかちな人が多いために長期の単調な治療に耐えられず、やめてしまう方がおられます。

 あるいは、治療の進行にともない、痛みを感じるようになったのを、こちらがいくら説明しても症状の「悪化」ととらえてやめてしまう方がおられます。

 めんどうくさがってリハビリをやらないために回復の経過が遅いのを、“鍼の治療に効果がないため”だと決め付けてやめてしまう方もおられます。

 女性に多いのが、悪いところだけ見る方です。感覚がやっと甦りつつあるときに、足をうごかせないことを気にかけたり、客観的に見て足のほうが順調によくなってきているのに、手が動かないことばかり気にしたりという方が多いです。こういう方は、いくら経過に順序と言うものがあると説明してもなかなかご理解いただけません。

 あえて失礼なことを書きますが、半身不随になってご家族に生活のすべてを世話して貰っていると、そのほうが楽になってしまい、体が不自由なつらさよりも、今の楽さを選んでしまう方がおられます。特に女性はそれまでの大変な家事から解放されると、その楽さを選んでしまうようです。

 逆に男性はなんとか少しでもよくなって再起したい、という意思から、鍼もリハビリもきちんと続ける方が多いと思われます。結局、半身不随の治療で最も重要なのは、「よくなりたい」という患者さんの意思です。

ご家族の協力も非常に大切です

 一家の長が倒れてしまった家の奥さん。奥さんが倒れてしまったご主人。どちらも大変なご苦労を強いられます。しかし、患者さんにはご家族の支えが絶対に必要です。お世話をするご苦労よりも、病気と闘う患者さんご本人のご苦労のほうがやはり大きいと思います。ですから患者さんのご家族にはがんばって患者さんをサポートしていただきたいと願います。

 ただし、患者さんを甘やかせてはいけません。リハビリを大変がって避ける方もいますが、そこはご家族が叱咤激励して、首に縄をつけてでもリハビリに連れていかなくてはなりません。そうすることが患者さんのためになるのです。

 いずれにしても、半身不随の治療に携わって感じるのは、関わる全ての人間に覚悟がいるということです。覚悟なくして半身不随という難病を乗り越えることはできません。